平成と令和の狭間に

puuwai.aloha.nui@gmail.com 2019-04-30 21:02

ゴールデンウィークの真っ只中ですが皆様いかがおすごしですか(^^)?

4月30日 現天皇陛下ご退位の日
5月 1日 新天皇陛下ご即位の日

昭和の日なる昨日は昭和天皇のお誕生日だった日。

日本国民として🇯🇵感慨深い日々が続きますね。
新しい年号をYahoo!ニュースの号外で知った時はピンと来なくてポカンとしてしまいましたが、令和を目前に控えるとなぜか気持ちがひきしまるような、ケジメをつけておかねば!という想いにかられております。

先ほど天皇陛下の最後のお言葉を拝聴しました。
シンプルな中に国民への思いが感じられて、また31年間の日本の象徴という重責を歩いて来られたことに、私などには想像もできないお気持ちなのだろうと陳腐な表現で恐縮ですが涙が溢れました。

本当の想いとはその立場にならないとわからないものです。

話は少し外れてしまうかもしれませんがきっかけはこの時期だからこそなので書いてみたいと思います。

それは平成になり間も無くのことでもあったので。

昨日の朝起きる時、昭和から平成に変わった頃のことを思い出し様々なことが蘇る中、完全に封印されていたことを思い出してしまいまして、号泣してしまいました。

今までも思い出すことはあっても深くは掘りさげない、それは完全に見たくないことだったのでしょう。解決していると思っていたというかそもそも問題だと思っていなかったのです。

なんどもそれに関連するワークをしてきたのにそこにたどり着かなかったのです。

それは何回も言うけれど、自分自身が見たくなかったから。問題が大き過ぎて知ったら卒倒するくらい辛いことだとわかっていたから見えないように潜在意識が実に巧妙にそこまで辿りつかせなかったのです。

それが、平成という31年間続いた時代が終わろうとしている今、私自身がよりシンプルに自由に生きていきたいと心から願い今の状態をもっと変容させる!その強い意図に反応して初めて浮上してきたのだと思います。区切りをつける。新しい令和の時代に持ち越さないよう最高最善のタイミングなのでしょう。

私の両親は2度離婚しています。
私の幼少時に一度別れほどなく復縁。
母は自ら私を連れ家を出たもののシングルマザーがまだまだ肩身の狭い思いをする時代、母はきっと様々な懸念を想定しながら、また強い父のアプローチの元、ふたたび夫婦の縁を持ったのでした。
そして弟の誕生。一家4人は暫くは幸せだったと思います。

家庭にはいろいろな事情がありますが
子供が人として人格形成に大切な時期にいろいろありました。

夫婦のことは子供にはよくわかりませんが子供の目を通して感じていたことを持って大人になりいつまでも引きずってしまうことがあります。

そのあたりのことは長い物語になりますので割愛しますが、最終的に私の両親は再び離婚をしました。

その運びに至るまでの最中は父が引き起こすことに呆れ果て早く解決したくて苦しくて何故父のためにそんな思いをするのか我慢が高じて怒りに変わり毎日母と頭を抱え何度も話しながら母、私、弟で出した結論は離婚という形でした。最終的に約束を守れない父はしぶしぶ納得をして家を出ました。

大人になってからの両親の離婚とはいえ、私自身も辛い思いをしたり
決断しなければならないことも沢山経験しました。

事実上母子3人だったこと、父とは全く連絡を取っていなかったことから私は結婚式にも父を呼びませんでした。
この時チラッと父を想いながらも会うのが恐かったのと、まだ赦しの境地に至っていなかったのです。

これだけでも何て親不孝なんだろう
そして、今思うと両親を離婚させたのは私なのだと理解したのです。

確かに酷い日常でした。
でもそこには父なりの事情があったはずなのに口下手な父の言い分は聞けず信じることもできなかった。

子供の頃どれだけ可愛がって貰い
愛をかけて貰っていたかをわからずに
薄情につっぱねてしまったのでした。

それを作朝思い出し、当時の父がどれだけ寂しく苦しかったかを思うと涙がこみあげ反省だけですむものではないと取り返しがつかないことに自分が怖くなり泣きじゃくりました。

その酷い行動は以下の事で私は父にわずかではありましたが、尽くしたつもりでいたのです。

ずっとわからなかった父の所在は母が病で倒れる4.5日前に入院先から連絡があり、会いに行く手筈を取る前に母が重病になってしまい、やっとのおもいで2人に会って貰ったのが功を奏したのか母の最期のお式に父は参列してくれました。

母亡きあと、会いに行くと父は母に申し訳なさそうに感謝をしていると言ってくれたことで、私はそのあと父の面倒をみるまでとはいえないけれど、できる範囲で会いに行こうと決めたのでした。
肺炎で入院をして毎日見舞って最期は私を待ち会った瞬間に脈が途切れたのでした。

いろいろあったけれど最後の10日くらいは毎日見舞え、最後に口にしたのは私が持参したプリン、無事に見送りささやかながら式もして納骨もすませた。朝晩ご先祖さまへの挨拶のもと、勿論両親へも欠かさない。
娘として役割は果たしているでしょうと傲慢なっていたのです。

その傲慢さゆえ、別れた頃のことはないものとなっていた…….
もう他界してこの世界にはいない父に心から詫びと感謝の思いを送りました。

話はまた天皇家にもどりますが、
今の皇太子さまは、民間から美智子さまが嫁いだ事でかなり親子の接触が従来と変わられたと聞いた事があります。

親は、子供にとっては一番初めに触れ合う人。幼少時の思いで気質、考えや思いが決まり長い長い年月を過ごすことになります。

コズミック ラブ ディーバ セッションは、宇宙の法則に則って、幼少時のご自身を見て行きます。

それがいろんなことに影響するからなのですが。

今回私は平成最後に本当に遅まきながらだけれど気がつけてありがたいと思いました。

思いは光より早くそして、時空を超えて届きます。
私の未来が少し変化するかもしれません。

DNAが繋がっていますからね。

まだまだ母に対してもありそうなので
自分の内側をよく見て行きたいと思います

感謝の思いが波動をあげるといいますが、自分の内側に入ることも波動をあげることにつながります。

 

 

平成最後にそれをお伝えして
新しい気持ちで令和を迎えます。

皆さま、平成にたくさんの感謝を♡
迎える令和が素晴らしい時代となりますように

皆さまおひとりおひとりに祝福がもたらせられますように祈念しています。

Haumea Blessing
Diva P chie